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現在、3度目となるラテンアメリカ(中南米)の旅?というかブラブラと現実逃避しております。

何が正しいのかわからなくなる時がある。

   

こっちで暮らしてると日本の当たり前が当たり前でなかったりすることが多々ある。日本での価値観をというかそっちの方が正しくてもこっちでは現実的では無かったり、こういった状況で日本の価値観を伝えることは単なる押し付けになるだけじゃないのかなんて思うこともしばしば。難しい。

日本では震災後、まぁ蓋を開けてみたら原発なくてもやってけるんじゃね?的な流れになりつつあると思いますが、節電やらまぁあとは本当なのか未だに自分は疑問を持っている温暖化問題など環境に目を置くことも強くなってきていますが、こちらも新聞等で環境なり気候変動問題は取り扱っていますが現実として日本とは違いポイ捨てなんかも沢山見ます。

アンティグアではあまり見かけませんが、前回の旅でペルーのプーノで車から放り投げられた空のペットボトルを即座に拾う少年の姿が今でも目に焼き付いていて、貧困層はそんなうちらがゴミと思うものを拾っては売って金を稼いだりしています。環境というか日本の価値観だとゴミを出さず、決められた場所に捨てるが当たり前なのですが、もしそれをこっちですると金を稼げる方法を一つ奪ってしまうことになって、それくらい日本との貧困という単語の重みが違います。

アメリカでも野球のベンチってみんな紙タバコをペッペと当たり散らかしたり、紙コップも散乱して汚いなんて聞いたことがありますが、これもそれを掃除する人たぶん裕福でない層の労働者がそれを掃除すると思うのですがそこで雇用を作っています。何が正しいのでしょうか。たぶん日本ではエコとかを考えながら生活することは大事なことだと思うのですが、その価値観を世界共通の認識と思うのはすこし違う気がします。

日本は電気屋とかでも消費電力量なんかの表示が最近では一般の人でも考えれるような配慮をしていますが、たぶんこちらではそういったことはしてないっぽいし、そこまで考える人も少ないと思います。自分は電気の勉強をしていたから電気屋とかがそんなんする前から気にしたりはしてましたがそれはそれ。みたいな感覚でしたが、こっちにくる日本人の中には「そんなことも知らないなんて」みたいにこっちの人を見下すような感覚を持っている人もいます。

むかつきます。

確かにそういった知識があれば、生活費を抑えたり賢く生きていけるとは思うけどそれを知る場がないような人たちにそんなことを言ってもしゃーないし、全てを日本の基準で判断して。自分は幸せなことにこういったことを知ることができる国と世代に生まれたけど、親の世代やその前の世代だとそういったことを知り得る機会も多くなかっただろうし、だからこういった国もこれからそうなっていくだろうし、点ではなく線で見ていかなくてはいけないのだろうと思う。

二酸化炭素がどれくらい温暖化に影響あるのかも疑問ですが、日本の価値観で「もっとこうすればよい」とか「なんでこっちの人たち○○しないなんだろう」と判断される国々の人たちは日本よりも二酸化炭素を排出していないという事実をみなさんはどう考えますか?

 - 雑記